ロバンダ村人日本滞在記 2

「アフリカの村人が日本で感じたこと」

岩井雪乃

セレンゲティ・人と動物プロジェクトの活動地であるタンザニアのロバンダ村から、5人の村人が来日しました。2009年5月19日−28日の10日間、たくさんの日本の支援者に会いました。

photo
「代々木国立体育館の前で」

来日メンバーは写真の5名でした。このメンバーが選ばれる過程も、村ではひと波乱あったのです・・・が、なんとか話がまとまり、5人が選出されて、「日本の支援者との絆を深めてくる」というミッションに挑みました。
写真左から
・マベンガ・ソスピーター(NGO・SEDEREC代表)
・サバサバ・バナギ(天然資源委員会委員長)
・ソスピーター・ニゴティ(前村長)
・マチャバ・クナニ(村長)
・ニャムコニョ・マベンガ(女性代表・通称ママルーシー)

photo
「小学生とスワヒリ語の歌を歌い踊る」

滞在中は、早稲田大学での講演会、大学の授業でのゲストスピーカー(2回)、小学生との交流、保育園児との交流、千葉農家訪問、三菱自動車社長面談、早稲田大学総長面談、NHKラジオ取材など、たくさんのイベントをこなしました。私のタンザニアの母であるママルーシーと、日本の母の対面もありました。二つの家族つながって、感激でした。

彼らからのフィードバックはいろいろあるのですが、印象的だったものを紹介します。

●到着2日目での日本の感想

・まだ土を踏んでいない。タンザニアでは、首都でも未舗装道路がたくさんあるのに(サバサバ)

・みんなカバンを持って歩いている。村では、カバンを持つのは旅行の時だけ。日帰りの外出は手ぶら。みんな旅行に行くところなのか?(ママルーシー)

photo
「千葉で農家をしている元協力隊員の須田さんを訪問。田植えに挑戦。
みんな農民なので、久しぶりの土にホッとする」

●我家での笑い話

・焼肉を焼こうと、岩井の夫が焼肉用ホットプレートを準備。これを小型パラボラアンテナだと思った前村長。みんなを呼び集めて「今日は、この家の主人が、我々を歓迎してテレビを見せてくれるようだぞ!」。イコマ語の会話だったので、何も知らない夫が肉を焼き始めると、みんなが当惑した表情を見せているので、夫も何かよくないことをしてしまったのかと、あせった。その後、前村長の勘違いだと聞いて、みんなで大笑い。

・ママルーシーがマベンガに文句を言った。「ユキノはこんなにラジオをもっているのなら、1つくれればいいのに!」そのラジオというのは、炊飯器、電子レンジ、トースター、ビデオデッキ・・・すべての電化製品をママルーシーはラジオだと思っていた。村では、電化製品といえば、ラジオしかないもんなあ。

photo
「アフリックメンバーとセレプロ奨学生のマベンガさんの対面」

●帰国する時に「村に帰ったら、何を一番に話す?」と聞いたときの答え

・日本人の時間の使い方はすばらしい。時間を区切って計画的に行動している。時間を無駄にしていなし。我々は時間を無駄にしている。ただ座って駄弁っているだけ。だから、遅れてしまっている。これからは、友達に会いに行く時は時間を区切って会いに行こう。20分経ったら、「それじゃ、またね」と言って帰ることにする(マベンガ)

・男女の仕事の区別がない。男も家事をする。男も料理、洗い物、そうじをするし、女も外で働く。村に帰ったら、自分も見習って実践する。奥さんが帰ってくるまでお腹をすかせて待ってるのではなく、自分で料理する(マチャバ)

・町(インフラ)がすばらしい。人間が、こんな構造物を作り出せるなんて感動!(電車の駅でよく言っていた。ダメ押しはレインボーブリッジ。三菱自動車訪問の際に、これから発売される電気自動車に乗って、お台場ドライブに連れて行ってもらいました)

このような日本のポジティブな印象に対して、「それにくらべてタンザニアは・・・」と、サバサバががっくりしていたのが、私も悲しい気持ちになってしまいました。彼らに、日本のように時間に追われてせかせかしてほしくないので、時間に追われて人間関係が希薄化して、日本の社会がおかしくなっていることを説明しました。しかし、今の彼らには、ゆったりとした時間の使い方は、無駄にしか見えないようです。お互いに、ないものを求めているのでしょうね。

まだまだ、もっともっと日本にいてほしかったです。 私が何度もロバンダに帰るのは、彼らのように生きたいと思うから。オープンマインドで、誰でも歓迎して、あるものを分け合って、困っている人にはすぐに手を差し伸べる。少ないモノを上手に使って、手ぶらで身軽に動ける。日本にいると、時間に追われてしまって、なかなか理想どおりに行動できないけれど、日本でも彼らがそのように振舞っているのを見ると、私も日本でどのように生きればいいのかが見えてきます。

13年前に初めて村に行ったときは、バスも通っておらず、ヒッチハイクでようやくたどり着き、「世界の果てに来たな」という思いでした。それが今や、携帯でいつでも話せるようになり、とうとう彼らが日本に来る時代になりました。アフリカも確実にグローバル化しているし、いろいろな意味で発展しているし、世界は狭くなったと感じます。感慨深いです。10年後には、どんな関係になっているのか?もっともっと、お互いの行き来が増えているといいな、と思っています。

更新日: 2009-07-04, 作成者: AFRIC Africa