セレンゲティの雨基金

松田さんとモテンバくんの交流(2005年6-12月)

プロジェクト責任者: 岩井雪乃

「セレンゲティの雨基金」による第1号の組み合わせは、松田さんとモテンバ・チャンガくん(仮名)です。二人の手紙による交流の様子をお伝えします(手紙の公開に関しては二人の許可を得た上で、一部を抜粋して掲載しています)。

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左から2番目の赤いシャツがモテンバ君

●松田さんプロフィール  
石川県在住。1997年タンザニアを旅行し、セレンゲティ国立公園のすぐ外にあるロバンダ村を訪れました。そこでセレプロ責任者岩井と出会ったのがこの支援のきっかけです。以前から海外援助をしてみたかったものの、自分のお金が誰に何のために使われるのかがわかる形を求めていました。そこで雨基金に協力することにしました。  
詳しい心境は松田さんのブログにつづられています。  
http://vikings.cocolog-nifty.com/adventures/cat2637953/

●モテンバ・チャンガくんプロフィール

名前 Motemba Changa モテンバ・チャンガ(男)22歳

学歴 ロバンダ小学校卒、ソンゲ中学校卒(2004年11月)、現在マランガリ高校1年生

家庭環境 モテンバの母親はシングルマザーです。彼は6人きょうだいの3番目で、上に姉と兄、下には妹3人がいます。祖母も同居しています。母親は農民で、現金収入源はほとんどありません。祖母が所有する牛の乳を売ることでわずかな収入を得ています。姉は、町で洋裁をしながら生活していますが、実家を支援する余裕はなく、自分の子供を母親にあずけっぱなしで帰ってこないほどです。兄は小学校を卒業しただけで、実家の農業と叔父の家畜の世話を手伝っています。兄には現金収入はありません。このようなめぐまれない家庭環境でしたが、モテンバは必死で勉強し、中学校(4年制)に進学できる成績をとりました。母は学費を出すことはできなかったのですが、叔父が中学校の学費は支援してくれました。中学校に行っているモテンバの妹の学費も叔父が捻出してくれました。そして、2004年11月に卒業試験があり、2005年3月に結果が出て、彼は高校に進学する資格を得ました。しかし、叔父が卒業と同時に亡くなってしまったため、学費を出してくれる人がいなくなってしまいました。そのため、5月から始まる高校に行くことができなかったのです。そんな時に、「雨基金」の話を聞いた松田さんから支援の申し出があり、高校に行けることになりました。

必要な支援額 年間400ドル(約47,000円)  
高校の学費は年間300ドル(約35,000円)です。中学の2倍以上かかります。また、彼が合格した高校は、タンザニア南部のムベアという町にあり、学校へ行くまでの交通費も高額です。タンザニア北端のロバンダ村から南端のムベアまでは、片道で100ドル(約12,000円)かかります。これも支援しなければ彼が就学することはできません。モテンバは、高校の2年間ロバンダ村に帰らない決意をしており、復路の交通費はこの支援額に含まれていません。

2005年11月 モテンバ君から松田さんへの手紙

モテンバ・チャンガ
マランガリ高校1年

松田さん

日本でお元気にお過ごしのことと思います。僕も元気です。

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高校の正門で

僕はモテンバ・チャンガです。セレンゲティ県ロバンダ村の出身です。母はシタ・モテンバで、ぼくは3人目の子供です。ぼくたちは6人きょうだいです。母は結婚していません。生活は今、とても苦しいです。ぼくたちの生活費とぼくの学費を払ってくれていた叔父が2004年11月に亡くなってしまったのです。

 

ぼくは1985年にロバンダ村で生まれました。1994年にロバンダ小学校に入学し2000年に卒業しました。そして2000年にソンゲ中学校に入学しました。ソンゲはビクトリア湖のほとりの町、ムソマにあって、そこで4年間学びました。ソンゲは私立中学校でしたが、叔父が費用を払ってくれました。叔父が亡くなったときは、ちょうど4年生の卒業試験のときでした。それで、ぼくはあなたからの支援をアフリック・アフリカに頼んだのです。学費を支援していただけるということで、本当にうれしいです。母や家族も、松田さんの支援に深く感謝しています。おかげさまで、こうしてマランガリ高校の生徒になれました。

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高校の友達と、右がモテンバ君

学校では、朝5:30に起きて、キャンパスの掃除をします。6:50になると今日の授業の準備をはじめ、7:15から朝礼に出ます。8:00から10:30まで授業をし、10:30に朝食のポリッジ(トウモロコシで作った葛湯のようなもの)を飲みます。その後3:30pmまで授業が続き、それから昼食になります。昼食後は、休憩したり自習したりします。ただし、月曜日と金曜日のこの時間はキャンパスの掃除です。学校では農業プロジェクトもやっていて、トウモロコシや野菜を育てて売っています。ぼくたちが作業しています。学校には生徒483人と先生17人がいます。男子校です。学校はムベアというタンザニア南部の町から52kmのところにあります。

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構内で

ぼくは5年生の入学に遅れて、2005年5月に入りました。5年生は1月に終わり、2月から6年生が始まります(注1)。学校は1月から休みになりますが、休みの間、ぼくはダルエスサラーム(タンザニア第1の都市)で塾に通いたいと思っています。ロバンダ村まで帰るのはとてもお金がかかります。学校とロバンダを往復するのに200,000シリング(200ドル、約24,000円)かかるのです。ダルエスサラームでは親戚の家に泊まって、その親戚が塾の費用を支援してくれると思います。家族の中で、(中学校以上の)学校に行っているのはぼくだけです。姉のニャンブラは村で洋裁、兄のマクルは実家の農業を手伝っています。妹のムゴンドも農業手伝い、その下の妹2人は小学生です。あなたのご支援に深く感謝します。どうもありがとうございます。

追伸 同封の写真は学校で撮ったものです。ぼくは、学校で歴史・地理・スワヒリ語コースを専攻しています(注2)。

(注1) タンザニアの教育制度は、小学校7年、中学校4年、高校2年、その後は大学や専門学校となる。高校の2年は、中学校からの続きで「5年生」「6年生」とよぶ。

(注2) 高校では、理系や文系などいくつかの専攻に分かれる。

2005年12月 松田さんからモテンバへの手紙

モテンバくん、初めまして。私は松田と申します。日本のおよそ中央部、石川県(日本海、中国、ロシア側)に住んでいます。この土地は、食べ物もおいしく、なにしろ、四季があるのが魅力で、すばらしいところです。また、人々も優しく温かい人が多いです。しばらくはここ第二のふるさとで生活しようと思っています。春には桜が咲き、夏には蝉が鳴き海水浴もできる、秋には紅葉、海で採れる蟹もおいしい、冬には雪が降り、スキーもできます。

僕のふるさとは一年中温暖な、神奈川県(太平洋側)です。四季もありますが、石川県ほどはっきりしておらず、雪も降りません。ここには、僕の実家があり、父と母がふたりで住んでいます。弟はひとりで、日本の首都東京にお嫁さんと二人で住んでいます。僕は、まだ独身で、お嫁さんも子供もいません。近い将来持つことが出来ると信じています。

僕は、現在、次世代のTV画面の主役となりつつある液晶を作る企業に勤めています。モテンバも知っていると思いますが、日本の東芝グループです。18歳から働き始めてもうすぐ25年になります。ずっと同じ会社です。

僕がなぜ、モテンバに学費を支援することとなったか、それは、縁でしかありません。1997年10月2日、サファリ旅行でセレンゲティのイコマキャンプに宿泊。そこがたまたまロバンダ村でした。今回アフリック・アフリカから君の学費のことを聞いて、支援しようと思いました。ずっと、このようなボランティア(支援)をしたいと思っていましたが、きっかけやタイミングが悪くできませんでした。

君に望む事は、ひとつだけです。将来生まれるであろう、君の子供に高校までの教育を受けさせるだけの収入を得て、幸せに暮らしてくれることです。これが最大の願いです。それだけです。

なぜ、人間はこの世に生まれてきたのか?僕が思うに、それは、子孫を残す為だと考えています。では、子孫を残せない体や心を持った人はなぜ生まれてきたのか?その答えは、子孫を残す事ができる人々を支援するためと考えます。 子孫を残せる力は無くても、子孫を残せる人々を助ける事はできるはずです。それは、行動でなくてもよいと思います。ただ、祈るだけでも良いと思います。皆がこれができれば、不幸な戦争など無いはずなのに。残念です。

何か困った事があったら連絡してくれてもかまいません。力になりますよ!

更新日: 2006-01-07 作成者: AFRIC Africa