第28回アフリカ先生「法政大学人間環境学部」報告

「ボツワナ・カラハリ砂漠に暮らすブッシュマンの生活」
「ブッシュマンをめぐる開発・自然保護・先住民運動」
(2008年11月15日、22日)

丸山 淳子

法政大学連続講座の第7回と第8回では、南部アフリカで狩猟採集生活を営んできたブッシュマンを事例に取り上げ、自然保護、開発、先住民運動の絡み合いを、2回に分けて、おはなししました。

はじめに、ブッシュマンに対して実施された自然保護区からの立ち退き政策が、裁判によって違法との判決を受けたニュースを紹介しました。ニュースを報じた日本の新聞記事から、自然保護、開発、先住民運動の3つが、今日のブッシュマンの生活に大きく影響を与えていることを説明しました。

第7回では、まず自然保護と開発に焦点をあてました。狩猟採集生活は、「貧しい」「遅れている」ので開発政策によって「よりよい暮らし」に向かうことが望ましい、あるいは「自然を一方的に収奪する」という意味で自然保護に悪影響を与えると考えられがちです。ところがその生活を丁寧にみると、栄養価が高く、バラエティのある食生活が営まれていたり、労働時間は短く豊富な余暇があったりと、「貧しい」とは言い難いものである、ということを、具体的な資料をもとにおはなししました。つづいて、彼らの狩猟や採集は、自然資源をとりつくすようなものではなく、むしろ自然に対して注意力をとぎすまし、自然の一部として生きるようなものだということを説明しました。とくに日本でくらしているとなじみのない狩りについて、1970年初頭のキリンの狩りを撮った映像資料を用いて紹介しました。最後に、狩猟採集=「貧しい」「野蛮」といった他者イメージは、私たち自身のなかにもあること、またそのイメージによって、彼らの狩猟採集生活をやめさせようとする力が正当化されていることを述べました。

第8回では、先住民運動を中心にすえました。1990年代から、「先住民には独自の文化や生活を維持する権利がある」という考え方が国際的に主流になってきましたが、その経緯をとくに国際機関の動向をふまえて解説しました。さらにこうした流れのなかに、冒頭でとりあげた法廷闘争が位置づけられること、しかし多様な民族や集団が折り重なるようにして地域社会をつくってきたアフリカでは「先住民」という考え方が、かならずしも受け入れられているわけではないことを説明しました。その後、法廷闘争をめぐってブッシュマンは「開発の恩恵をうける国民」か「伝統的な生活をする権利をもつ先住民」か、という単純化された論争が展開されたものの、彼ら自身の日常生活は、開発事業と伝統的な狩猟採集生活もどちらもが分かちがたく組み合わさって成り立っていることをおはなししました。これは私自身が2000年から続けてきた調査の成果の一部で、写真や映像などを用いて、その詳細を伝えました。そして今日のブッシュマンは、開発事業の恩恵をうけることだけでも、保護区に戻って「伝統的な生活」をすることだけでもない、それらが組み合わさった新たな生活を模索していることを述べました。

最後に、ブッシュマンの直面している問題が、けして「遠いこと」ではなくて、私たちの暮らしをなりたたせているものといろいろな意味でつながっていること、そして私たちの社会が抱える問題とも同質の問題がたくさんあること、さらにそのなかで彼らが続ける挑戦から、私たちが学ぶことがたくさんあること、をまとめておはなししました。ブッシュマンをとりまく状況は、近年ますます複雑になっていて、そこには多くの事柄が絡んでいるために、簡単に理解することは難しかったかもしれません。しかし保護区をつくる、インフラを整備するといったことだけで、自然保護や開発が問題なく達成されるわけではなく、一方で裁判に勝訴するだけで先住民の問題が解決するわけでもなく、これらと表裏一体となって進む「もうひとつの側面」に一歩踏みこんで考えることの大切さが少しでも伝わっていれば、嬉しく思います。

講義に対するコメントや感想文の多くに、アフリカの問題を、自分自身にひきつけて考えようとする姿勢がうかがえたことが、私には一番嬉しいことでした。さらに日本における捕鯨と国際世論、アイヌ・琉球の人々の直面している問題といったことなどに問題意識をひろげて議論をすすめてくれた受講生もいて、私自身が勉強になることもたくさんありました。「この連続講義をきいてアフリカにいってみたくなった」「もともと国際協力に関心があったが、その理解が深まった」といった感想も多く、いつか、受講生のなかの何人かと、アフリカで出会う日が来たらないいな、と夢がふくらみました。

更新日: 2008-12-06, 作成者: AFRIC Africa