アフリカ便り—話す

うわさの行方(タンザニア)

八塚 春名

おしゃべり好きな人たちの間に、何か新しい事件が起こると、そのうわさは尾ひれや背びれをつけて、さらには足もついているのでは?というスピードで、広まっていく。どんどん広まるうわさの行方は、いったいどこなのだろうか。

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農作業中にもおしゃべりは欠かせない

タンザニアの小さな村に滞在していたある日、私は小さな事件に巻き込まれた。日本でも遭遇したことのない「下着泥棒」。チャイボラ(chai bora)というタンザニアの有名な紅茶の名前をあだ名につけられた村の男性が、私が開け放しで出かけた窓の横をたまたま通りかかったのだ。チャイボラはその当事、どこからか手に入れた「薬」によって、心も体もボロボロに病んでいた。目つきは悪く、どこで寝ているのか家には帰らなくなり、たまに帰ると大声で奥さんを罵倒するようになった。家族も近所の人もほとほと困り果て、となり村からチャイボラのおかあさんが呼び出された。そんな矢先に、私の下着事件が起きたのだ。幸い、居候先のママが、チャイボラが私の部屋の窓の横に立っているのを発見し、事なきを得たが、毎日うわさが絶えなかったチャイボラが、とうとう、ハルナのところへやってきたというこの事件は、村の大きな、大きな、うわさになった。しかも、とったものが下着だったから、うわさの大きさは言うまでもなかった。

チャイボラのために断っておくが、彼はなにも下着を盗みたかったのではない。何でもよかったのだ。心と体を病んだ彼は、私のことを自分の妻だと言い、私の部屋を自分の家だと言った。そして、自分の家なのに鍵を持たされていなくて中に入れないことに腹をたてたらしい。そんな時、たまたま見つけた開け放しの窓から、一番近くに干されていたものに手を伸ばしたのだ。その前日も彼は、小学校の校長先生の家に勝手に上がりこみ、手当たり次第にものを持っていこうとしていた。チャイボラの精神状態は最悪で、錯乱していて何がなんだかわかっていなかった。

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農作業の休憩でおしゃべり

 

さて、こんな事件の翌日、私はいつものどおり、友人のステラと、私が「先生」と慕うママトジキと一緒に調査に出かけた。まず、家に迎えに来てくれたステラは、当然この事件を知っていた。まぁステラは近所だし、当然だろう。そして、歩いて20分ほどのママトジキの家にふたりで向かった。すると、道中会う人会う人みんな「ハルナ、ポレサーナ(かわいそうに、大変だったね)」と声をかけてくる。当然のようにママトジキも開口一番「ポレサーナ」。

きのうの今日。それなのに、あまりにみんなが知っていることに驚きながら、まぁ、チャイボラはうわさの的だったし、みんなおしゃべり好きだから仕方ないかと納得して、その日は3人で10kmほど離れたところまで調査にでかけた。そこは、村のはずれで、マサイ族の一家が住んでいる。歩いてへとへとになって到着したマサイの家で、なんとまた「ポレサーナ」。こんなところにまでうわさがたどりついていることには、さすがのステラとママトジキも、たいそう驚いていた。そしてやっぱりうわさには尾ひれや背びれがつけられていて、私はチャイボラに、何から何まで持ち物すべてを持っていかれたことになっていた。私たち3人にお昼ご飯を食べさせてくれた後、マサイのお母さんはこれからとなり村までトウモロコシを製粉しに行くと言った。彼女がとなり村に行けば、製粉機の順番を待つとなり村の女性たちの間に、ハルナの下着事件は瞬く間に広がるのだ。明日になれば、となり村も、反対側のとなり村も、とにかくこの辺りに住む人みんながこの話を知ることになる。おしゃべりが好きでよく歩く人たちにかかれば、うわさなんて、足が生えたも同然。とっとこ、とっとこ、どこまでも走っていってしまう。

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マサイ族の一家が住む村のはずれ

一瞬で村を駆け巡ったこのうわさのせいで、チャイボラは事件の翌々日、町の病院へ連れて行かれることになった。「『薬』に手を染めたチャイボラと、そんなチャイボラに下着をとられかけた外国人、ハルナ」。永遠に語り継がれるうわさになってしまうのか、めんどうだなぁと思った。

それから1年後、再び村を訪れた私は、心も体もすっかり元気になったチャイボラに再会した。チャイボラ自身も村の人たちも、みんなこの事件を忘れているはずはない。しかし、永遠に語り継がれると思っていた私の下着事件は、なんと、いちども話題にあがることはなかった。そして、チャイボラは昔のようにみんなの輪に入り、おしゃべりを楽しみ、共に酒を飲み、せっせと畑を耕し、妊婦の奥さんとやんちゃなひとり息子と平穏に暮らしていた。

テレビやゲームのない村で、「話す」ことはとてもゆかいな娯楽だ。だからこそ、善いうわさも悪いうわさも、一瞬で村を駆け巡る。でも、小さな村社会で、他人とのぎすぎすした関係を嫌うかれらは、楽しい話でない限り、過ぎ去ったうわさ話を決して掘り起こさない。私の下着事件を、みんなが一切話題にしなかったのは、「薬」に手を染めてしまったチャイボラにたいする許容と、私がいつまでもうわさの的になることへの配慮だったのだろう。チャイボラと再会した時、彼や周りの人が、私に何と声をかけるのかドキドキしていたのは、私ひとりの思い過ごしだった。うわさの行方は、実はなんてことはない、もと通りのふつうの関係だった。「ハルナ、ひさしぶりだね」とふつうに声をかけてくれたチャイボラと、私たちふたりを何事もなかったかのように見守るみんなに、私がいかに小さなことを気にしていたのか、思い知らされた気がした。

     
更新日: 2008-12-03, 作成者: AFRIC Africa