アフリカ便り— 屠る

殺して食べる(タンザニア)

岩井雪乃

毎年、大学生を連れてタンザニアの村にボランティア活動に行くのが恒例になっている。その村は、アフリックの「セレンゲティ・人と動物プロジェクト」の活動地でもある。

事前準備の段階で「村で何をするか?」学生たちとあれこれ考える。彼らにとって、最大のイベントは何か? それは、日本ではまず経験できないこと。すなわち「鶏を絞めること」なのだ。

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学生が挑戦!鶏の首を切断して血を抜く

 

日本では、肉はきれいにパック詰めされてスーパーで売っている。しかし、セレンゲティの村には、スーパーはもちろん冷蔵庫もない。村の生活では、肉は屠殺しなければ手に入らない貴重な食材だ。「屠殺シーンを見る」さらには「自分で絞める」なんてことは、日本では絶対にできない経験だ。

私たち日本人が到着すると、村人は歓迎してヤギを潰してくれる。はじめは「うわっ!」「きゃー、怖い」と目を背けたり顔をしかめたりしていた学生たちも、その肉を食べながら日数が進んでくると、だんだん慣れてくる。

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「肉」になった鶏

滞在の後半、お世話になった村人に感謝の気持ちをこめて日本食を作る日がある(といっても、カレーだが)。この時は、鶏の屠殺、羽むしり、解体、調理を、すべて学生たちが自分でやる。この頃になると、鶏を絞める係を誰がやるか、みんなやりたがって激しい競争になる。鶏は3羽。ジャンケンで買った3人が、絞める経験をすることができる。

その中の一人の女子は、目を背けたい気持ちを必死に抑えて、鶏を殺した。

「自分には絶対無理だと思ってました。でも、肉を食べているのだから、『自分がやるべきこととしてやらなければいけない』と思いました。やり遂げられてよかった」「これからは、日本で肉を食べるときに、肉の見方が変わると思います。肉がどこでどうやって処理されてここまできたか、ちゃんと考えます」「感謝しながらいただき、残さないようにしたいです」

日本では見えなくなってしまったプロセスが、ここでは当たり前のこととして見ることができる。タンザニアの村でのこの実体験がもとになって、日本で見えなくなっているものを「想像する力」が身につく。日本の学生には、本当に貴重な機会だ。ある男子学生は、肉ができるプロセスから得た想像力をさらに発展させて、自分の日常を考えるようになった。「過程を見ない・知らない生活は本当に不自然だと思った。しかし、こんな不自然な状況が日本では自然になりつつある。肉を食べることに限らず、トイレにしても、電気にしてもそうだ。村の生活から現在の私の生活を見ると息がつまりそうになった」

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日本人の屠殺の様子をながめる村人たち

一方のタンザニア人たちは、そんな日本人を見て、どんな様子かというと・・・

鶏を絞めるのに大騒ぎしている学生の姿に、逆に驚き、そして涙を流す学生を見て笑ってしまっていた。彼らにとっては、生き物を殺して食べるのは、当たり前のこと。飼っているウシもヤギも鶏も、基本的には殺され食べられる存在として飼っている。それは、セレンゲティの乾燥したサバンナ地域に暮らす彼らが、生き残るために必要な戦略だから。

家畜は大変重要な資源循環の一部だ。人間が消化できない固いイネ科植物を家畜が食べ、人間にも食べられる「肉」という形にして提供してくれる。家畜がいるからこそ、この土地で人々は生きていくことができる。そこには、「かわいそう」という感情が入り込む余地はない。死があり、生がある。生態系のさまざまな生物の生と死の循環の中に、自らの生を位置づけているのだろう。彼らの世界観では、生と死は切り離されたものではないはずだ。循環するもの、生の一部として死があるもの、と位置づけられているに違いない。

今の日本では、「死」も見えなくなっている。食肉処理の効率的な管理システムのせいであり、長寿国で核家族している社会のせいでもあるだろう。しかし、タンザニアの生活を経験した後では、「屠殺を見てショックを受ける若者」は、やはり不自然だと思う。そうなってしまうのは、決して彼らの責任ではなく、日本という社会がそのような若者をつくりだす構造になってしまっているのだ。それを少しでも変えるために、できることをやっていかなければ、と思う。学生を連れて村を訪れることは、当分続けることになるだろう。

更新日: 2012-02-08, 作成者: AFRIC Africa