アフリカ便り ― アフリカの手仕事

料理に1日10時間?―日本人大学生が見たマサイ社会の今①(ケニア)

目黒 紀夫

初めての出会いから約20年。わたしは駆け出しの大学教員となり、ジェレミアは間もなく父となる。ジェレミアはケニア南部に暮らすマサイの男性で、わたしの長年の調査助手であり親友だ。そしてまた、去年、わたしが初めて学生をアフリカに連れていったときに受け入れてくれた、心暖かいホストでもある(日本とケニアの未来世代の交流http://afric-africa.vis.ne.jp/essay/generation34.htm参照)。わたしと一緒にケニアを訪れ、ジェレミアの家に泊まったのは5人の日本人大学生(男子1人、女子4人、全員が学部3年)。一週間あまりのジェレミア家への滞在中、それぞれの興味関心に基づいてかんたんな調査を行なった。その時、1人の女子学生が興味を持ったのは、今どきのマサイの新妻がどんなふうに家事をこなしているのかということだった。

去年の4月にジェレミアと結婚したアグネスは、ジェレミアの出身地からそう遠くない地域の出身だ。そこは今でも町から遠くて買い物に出かけるのはかんたんではないし、水道も電気も通ってはいない。そんな土地に生まれたアグネスは、記憶にないほど小さい時から家の手伝いをし、小学校高学年の頃には朝夕に飲むチャイ(ミルクティー)の調理担当にもなったという。ただ、両親の理解もあってアグネスは学校に通い続け、最終的にナイロビの大学を卒業して企業に就職までした。将来の伴侶となるジェレミアと出会ったのもナイロビであり、今ではスマートフォンを持っているし普段着ているのはオシャレな洋服だ。大卒で地方公務員となった夫のジェレミアと同じように、普段の出で立ちは日本人の学生からすると「マサイっぽい」とはとても思えないものである。

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写真1(写真を眺めるアグネス(椅子の左後ろに立ちカップを持っている女性)とジェレミアの家族)


そんなアグネスであるけれども、わたしたちの滞在中は家事を完璧にこなしていた。1日に何回もチャイや食事を作ってくれた上に、わたしたちが使った大量の食器を洗い、わたしたちが泊めてもらっている家の掃除までしてくれた。そんな様子を垣間見た女子学生の1人が、はたしてアグネスの1日はどんなものなのかということに興味を持った。そしてある日のアグネスの行動を、彼女が朝起きてから夜の食事をつくり終えるまで、その横について、手伝える仕事は手伝いつつ英語でコミュニケーションをとりながら追いかけた。

その日、女子学生がアグネスを追跡した時間は約14時間だった。その内訳は図の通りで、朝(チャイ)・昼(米料理)・夜(豆料理)の3回の食事の準備にかかった時間が合計約4時間半、朝食以外に5回チャイをつくるのにかかった時間が合計約2時間、そこで使った食器を洗うのにかかった時間(2回分)が合計約3時間半、アグネス自身が食事(朝食と昼食と2度の間食)をとっていた時間が合計約75分(1.25時間)で、掃除が合計約40分(0.7時間)休憩や世間話をしている時間が合計約50分(0.8時間)であった。食事とチャイの調理時間を合わせると約6時間半、それに食器洗いの時間を足すと約10時間。彼女の1日は料理(の用意と片付け)で終わってしまうかのようである。

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図 アグネスの1日の時間配分
(調査日:2017年9月25日、調査者・作成者:岩上明日香)


この結果は、わたしにとっても驚きだった。とはいえ、この結果からアグネスの境遇を「ひどい」とか「かわいそう」とか思ってしまうのは早計だ。それは調査をした女子学生も気づいていたことで、第一に、そんなにも時間をかけてアグネスが用意・片づけをしていたのは、わたしたち6人の日本人の食事だった(本当にありがとう!)。その仕事の量は普段の倍以上、もしかしたら3倍以上だったかもしれない。また第二に、アグネスは決してひとり孤独に家事に従事していたわけではない。ジェレミアとアグネスの家は、ジェレミアの母親(夫とは死別)とその妹(未婚の母)が住んでいる家と同じ敷地にあり、大声を出せばおたがいの家に居ながら会話ができるぐらいに近い。そこでアグネスは、何か用事があれば同じ敷地に暮らしている子どもたち(ジェレミアの兄弟または親戚)を読んで手伝わせていたし、屋外で皿洗いをしている時は周りにいる誰かと気軽な世間話――「今日はメグロたちはどこに行ってるの?」「昨日は何をしてきたって?」――をしていた。そこには、家事を苦痛と思っているような様子は微塵も感じられなかった。

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写真2(日本人学生とともに皿洗いをするアグネス。基本的に、3つの大きなたらいに張られているだけの水で、映っているすべての食器を洗っていた)


ブロックとトタンを用いた近代的なアグネスの家のキッチンには、ジェレミアが結婚祝いにもらった電気・ガス併用の最新のコンロが置かれている。一方、そこから歩いて1分もかからない距離にあるジェレミアの母親の調理小屋は土壁に草葺きで、調理の燃料は薪、鍋を置く調理台は石である。アグネスとジェレミアの母親、嫁と姑は普段の服装も大きく異なるし、住んでいる家も日々使っているキッチンもまったく違う。しかし、家事としてこなしている手仕事の内容にたいした違いはないし、それを家族とのコミュニケーションを交わしながら行なっている様子に変わりはない。ナイロビという都会で働いた経験もあるアグネスであるけれども、「家事が好き」といい、OLから主婦になることに何のためらいもないように見える。

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写真3(アグネスの家のキッチン(左)とジェレミアの母親のキッチン(右))

「マサイの人たちよりもわたしたちの方が、伝統的とか西洋的とかいうことを問題にしているのではないか?」アグネスの1日を追跡した女子学生は、そんな感想を述べていた。彼女の疑問はあながち間違っていないとわたしは思う。ジェレミアを始めとするマサイの人たちの暮らしは、この20年で大きく変わった。それはジェレミアの母親とアグネスの暮らしを比較すれば明らかだ。しかし、それだからといって、すべてがまったく変わってしまったというわけではない。そのうち、マサイの家にも食器洗浄機が置かれるようになるかもしれない。たとえそうなったとしても、マサイの人たちは相変わらず、家族や隣人、友人とおしゃべりをしながら家事をこなしていくと思う。

更新日: 2018-1-30, 作成者: AFRIC Africa