アフリカ便り― アフリカの未来世代

村のハデ婚

岩井 雪乃

今日はマティンデの結婚式。マティンデは、アフリック事業「セレンゲティの雨基金 」で、中学校の学費を支援してきた女の子だ。中学校を卒業したあとは、秘書のスキルを学ぶカレッジに進学し、そして、在学中に花婿と知り合い、卒業と同時に結婚することになった。わたしが村にかよいはじめた時、マティンデはまだ5歳だった。その彼女がいよいよ花嫁になるとは、わたしも感慨深い。結婚式は、わたしの村での滞在に合わせて開催してくれた。

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新郎新婦と付添人の親友

彼女は、家事の手伝いをちゃんとするし勉強もがんばるよい子だったので、親族たちが盛大に祝福することを決めて、パーティーの準備が始まった。参加客は推定400名。2000人の村びとが誰でも参加してよいので、厳密な数はわからないが、この村でかつてない大規模なパーティーにするのだという。わたしが村にかようようになって20年が経つが、じつは結婚式に出席するのは初めてなのだ。どんなパーティーになるのか楽しみだ。

当日の準備は朝6時から始まった。400人分の食事を用意するために、2頭のウシが屠殺された。手際よく解体され、その肉を、40km離れた町からよんできたシェフが調理していく。

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ウシの解体を手伝う

空き地につくられた会場では設営が進んでいく。ポールで骨組みが組み立てられていたところに、こちらも町からよんできた業者が、布をふんだんに使って飾りつけ、華やかなホールにつくりあげていく。村にはイスが十分にないので、これもまた町の業者から借りてきたイスがズラリと並べられた。

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飾りつけられた会場

パーティーの盛り上げには、音響設備も重要だ。高さ1mはあろうかという巨大なスピーカーが持ちこまれ、プロの技術者がパソコンの中からさまざまな音楽を流していく。司会者もプロが町から招かれて、「開始は12時だ、みんな会場へ集まれ!」と呼びかけている。ちなみにこの村には電気はとおっていないので、発電機も一緒に業者が準備していた。

いよいよ12時になったので、わたしは会場に向かった。しかし、お客さんは誰もいない・・・やっぱり。タンザニアのイベントはたいてい開始が遅れるので、お客さんたちもそれを見越して時間どおりに来る人はいないのだ。15時になって、ようやくパーティーは始まった。親戚の子どもたちが、1週間前から練習してきたダンスを披露する。数多くの子どもたちの中から、ダンスの上手な子たちが選抜されて編成されている。予算の関係から衣装を作れる人数が限られるため、すべての子どもがダンスチームに入れるわけではないのだ。

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選抜された子どもダンスチーム

いよいよ新郎新婦の入場だ。町で仕立てたピンクのドレスに身を包んだマティンデは、とても美しく輝いていた。町から来た親戚の女性にメイクもばっちりしてもらっている。新郎もおそろいのピンクのシャツ。これは日本人的にはびっくりするが、黒い肌にはよく映える。そしてその次は、参列している親族紹介と続き、それが終わるとまずは腹ごしらえとなる。たっぷりの肉とジュース・ビールが振る舞われた。

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幸せいっぱいの新郎新婦

お腹が落ち着いたところでプレゼントタイムが始まる。来場者は、花嫁にプレゼントを用意してきているので、それを順番にわたしていくのだ。そのわたし方が、もっとも近年のハデ婚らしいところだ。「花嫁のオバたちから!」「花嫁のイトコたちから!」「花嫁の幼なじみから!」などと、ある程度まとまったグループごとに、順番に司会者から呼ばれてプレゼントをわたす。この時、一つのグループにかかる時間が長いのだ。

呼ばれたグループの人びとは、まずは前に出てプレゼントをわたし、代表者がお祝いのスピーチをする。そしてそのあとに「お祝儀タイム」が音楽とともに始まる。来場者は、それぞれにお札を手にもってヒラヒラさせて踊りながらひな壇につめよってきて、お祝儀カゴにお金を入れていく。そしてそれを会計担当者が集計し、「ただいまのお祝儀は合計15万シリングでした!現時点でのお祝儀合計は、82万シリングです!」と金額を赤裸裸に発表するのだ。

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プレゼントされた布でだるまのようになっている花嫁(前列中央)と花嫁の母(前列右)

本人たちの目の前で現金をわたしたり、その金額を発表したりすることは日本では考えられないことだ。しかしタンザニアの最近のハデ婚では、お祝儀の金額を発表することで、参加者により多くのお祝儀をださせるよう促すことが行われているのだ。

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満席で熱気むんむんの会場

こうして、一組がプレゼントをわたすのに30分ぐらいかかり、来場者全員がプレゼントをわたし終わったときには、朝の5時になっていた。最終的なお祝儀の合計額は600万シリング(日本円で約30万円)に達し、結婚式にかかった費用に相当する額になった。一緒に参列したわたしのホストファミリーの妹は、もっていたお金を何度かのお祝儀タイムですべて出し尽くしてしまっていた。他の来客も似たり寄ったりのようだった。歌い、踊り、お祝儀を出し、誰もがヘロヘロになっていたが、満足げに帰路についていた。

このようにお金をかける結婚式は、タンザニアの都市部で行われていたが、徐々に農村部へも広がってきている。かつての村の結婚式は、飾りつけや音楽などなく、親族が集まって肉を食べるだけだった。婚資(牛)のやりとりはあるが、プレゼントなどないし、もちろん現金が飛び交うお祝儀タイムもなかった。タンザニアの経済は、年間成長率7%に達する好景気が続いている。その影響が農村にも届いていることを実感するイベントだった。

(追記1)この結婚式は、正確には「センドオフ」と呼ばれるパーティーで、花嫁を実家から送り出すパーティーである。近年のハデ婚では、花嫁を送り出す「センドオフ」を花嫁の実家で開催し、続いて花婿の実家で「結婚式」をする。上述のように、「センドオフ」も結婚式と同等に盛大に開催されており、日本の感覚では結婚披露宴を2回しているようなものである。

(追記2)タンザニア都市部での結婚式については、アフリカ便り「みんなで準備する結婚式」 (溝内克之)も参考になる。

更新日: 2017-4-15, 作成者: AFRIC Africa