アフリカ便り— 戦う

7人の敵(エチオピア)

森下 敬子

「外に出れば7人の敵がいると思え」という言葉があるけれど、エチオピアの首都アジスアベバで調査をしていた時、家から一歩外に出ると、確かに7人くらいの敵と毎日戦っていたような気がする。

小さいところでは、道を歩いていると必ず遭遇する、「チャイナ」「ファレンジ(外国人)」「ジャッキーチェン!」と、意味もなくヤジを飛ばしてくる若者。無視すれば特に害はないが、毎日ヤジられていると、なんとなく気分が滅入ることもある。

タクシーの運転手やキオスクのおじさんたちの中には、外国人と見ると、とんでもなくふっかけてくる輩がいるので油断ならない。相場の2倍3倍の金額を言われてブチ切れた私は、相手を激しく罵って喧嘩になることもよくあった。

役所や郵便局の窓口の人はとても手ごわい。たった1枚の簡単な書類をくれるだけでいいのに何時間も待たされ、その挙句が「今日はダメだ。また明日来なさい」と言う。ダメな理由は教えてくれない。日本から母が送ってくれた荷物を受け取りに郵便局に行った時は、「安全上の理由から荷物を開封した」と告げられ、食べ物やお菓子は個包装まで破られてぐちゃぐちゃに散乱していた。そのうえ「これは何だ?」と、タッパーに入った梅干しをつまんだりして、なかなか帰らせてくれない。貴重な日本食を無神経に触られて涙が出た。

いちばんの強敵と出会ったのは、アジスアベバ大学近くの大きな交差点で、人ごみの中を歩いていたときだ。「あっ」と思ったときには、突然、目の前の男に拳で顔面を殴られていた。「親にも殴られたことがない」とは言わないが、ビンタやゲンコツはあっても、顔面パンチは初めてだし、殴られる理由もない。痛いのと、怖いのと、腹立たしいのとで茫然とし、涙が止まらなかった。

このように、いったん外に出ると何かしら嫌な目に遭ったし、孤立無援に戦う武士のような気分になることもあった。しかしそれでもエチオピアを嫌いにならなかったのは、周りにいるのは敵だけじゃないと思えたからだ。

突然男に殴られた時も、周りの人たちがすぐに気付いて、私をかばうように立ち「あっちへ行け」と男に言ってくれた。鼻血が出ている私に、何十人もの人が皆いっせいに、ポケットからハンカチやらティッシュやらを差し出してくれた。その差し出されたハンカチやティッシュが、あまりにクシャクシャで、ボロボロで、中には鼻をかんだ後のようなティッシュまであって、そんなものを他人にくれようとするのがおかしくて、ちょっと笑えた。そのあとで乗ったミニバス(乗り合いタクシー)では、事の顛末を見ていた運転手が慰めてくれて、そのうえ「今日はいいよ」と運賃を受け取らなかった。家に帰ってしばらくすると、どこかで私が殴られた話を聞いたエチオピア人のお母さんが、「今日は大変だったわね。かわいそうに」と抱きしめてくれた。

いつまでもウジウジと泣きながら、部屋に閉じこもって「エチオピアなんて最悪だ。大っ嫌いだ。もう絶対日本に帰ろう」と思っていた私だったが、夜になって考えてみると、何十人もの見ず知らずの人たちから「かわいそうに」と慰められ、励まされ、ティッシュをもらい、いつもは金にうるさいタクシーの運転手がタダで乗せてくれることなんて、そうそうあることではない。

肩肘張って街を歩き、敵陣で孤独に戦っているような気分でいたが、実はたくさんの人に守られていたのだと思う。そもそも、外に出ても、敵は7人もいないのかもしれない。

更新日: 2010-09-02, 作成者: AFRIC Africa