アフリカ便り—「死ぬ」

ともに生きる(ガーナ)

織田 雪世

「あの果物売りのひと知ってるでしょ。亡くなったのよ。」その電話をもらったのは、わたしがアクラの職場で働きはじめて、しばらく経ってからのことだった。「あんた、仲良しだったでしょ。だから一応伝えておこうと思って。」葬式の日取りを伝えて、知人の電話は切れた。

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果物売りのエフアおばさん

エフアおばさんは、大きな目鼻と厚い唇、堂々としたお腹の50代で、マディナという街のバス停に屋台を出し、パイナップルやオレンジなどの果物を売っていた。夫の死後、5人の子どもを育てた肝っ玉母さんでもある。わたしが以前、大学院生としてマディナで住みこみ調査をしていたころは、夕方インタビューを終えて帰ってくるたびに、脇の腰かけに座らせ、慣れた手つきでオレンジの皮をむいては「食べなよ」とくれたものだった。おばさんの脇に座り、世間話をしながら甘いオレンジの果汁を飲むと、1日の疲れを忘れ、心が満たされた。おばさんが高血圧や膝の痛み、更年期障害などをうったえては、ときどき医者に通っていることは知っていた。調査がひと段落して、アクラの職場で働きだしてからというもの、仕事の忙しさを理由に、なかなか会いに行けずにいたことがくやまれた。

正直にいえば、わたしはこちらの葬式がちょっと苦手だった。とにかく長いし、日本のそれとは、いささかおもむきが違っていたからだ。私が親しくしてもらっていたアカンの人びとの場合、葬式は金曜に通夜、土曜に埋葬、日曜に教会礼拝と、全部で3日もかかる。その間、広場に張りめぐらされたテントを、黒地に赤や茶、ときには白地に黒や紺模様の喪服に身をつつんだ人びとが埋めつくす。巨大スピーカーから大音量の音楽が流れ、ときには伝統的な音楽のグループが、太鼓や鐘の音をとどろかせる。食事や飲み物が出され、ひとびとは興がのれば踊って盛りあがったり、あるいは中座して近所の友人を訪ね、旧交をあたためたりする。そうして日がくれるまで、いや、場合によっては夜半までも過ごすのだ。人びとが悲嘆にくれるのは、わたしの知るかぎり、小部屋に安置された遺体に最後のお別れをするときくらいのものだった。それは、日本のようなしめやかさからはほど遠いものにみえた。異邦人のわたしにとって、ガーナの葬式は、おそろしく時間のかかる、何だかついていきにくいもの、という面をもっていたのである。ただ、エフアおばさんの葬式なら、そんなことを言ってはいられなかった。

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葬式で盛り上がる人びと

葬式の日。「遅いじゃない!」すこし遅れて到着したわたしに、おばさんの娘は本気で怒っていた。「棺のふた、もう閉めちゃったよ。あんた来るの遅いよ!」怒り、悲しみ、やりきれなさ。わたしには謝ることしかできなかった。閉じられた棺のまわりに仲間たちが集まり、叫び、泣きわめいていた。おばさんはお腹が痛いと言って病院へ行き、そして数日もしないうちに亡くなってしまったのだという。死因は遺族も知らなかった。首都アクラの多くの人びとにとって、病院は決して手の届かない存在ではないけれど、それでも人はしばしば、ある日突然、はっきりした死因も知らされないまま、この世からいなくなってしまう。「じいさんも子どもたちも、みんな先に逝っちまった...。エフアは最後の子だった。いい子だったのに、わたしだけが残っちまった。」遺されたおばあさんを慰める言葉は、どこにもみつからなかった。それははた目には、いつもと同じ葬式のひとつでしかなかったかもしれない。でもそこにあったのは、どうしようもない、救いがたい悲しみ以外の何ものでもなかった。

葬式の数ヵ月後、わたしは自分自身の父をなくした。あわただしい一時帰国、通夜、葬式。悪夢のような数日間だった。母や姉と力をあわせ、ともに忙しく準備をすること、そして遠いと思っていた親戚や人びとからの思いやり。ただそれだけが、遺されたわたしたちを支えてくれていた。

ふたつの葬式をふりかえって、いま思い出すことがある。エフアおばさんの長い葬式の最中、いたたまれなくなって家の裏手に行くと、遺族の女性たちが台所で、参列者に配るフライドライス(炒飯)をつくっていた。わたしは布をもらって腰に巻き、それに加わった。女性たちと一緒になって葱を刻み、ライスを炒め、パックに詰める作業をしていると、なぜだか気がまぎれ、心が安らぐような気がした。

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エフアおばさんと屋台

かけがえのない人を亡くすことのどうしようもない悲しさ、救いようのなさ。それらは、いまも、わたしの心の奥底をとらえて離さない。ただ今は、こんなふうにも思う。人の死は、別れであると同時に、生者たちをふたたび結びつけるものでもあるのかもしれないと。わたしたちは、人の死という経験を、わかちあい、ともに乗り越え、そうしてまた、生きていく。

更新日: 2010-05-6, 作成者: AFRIC Africa