アフリカ便り—呪う

あのお婆さんは邪術師だから、もう会いに行ってはいけない(タンザニア)

藤本 麻里子

これは、2007年7月に調査中だった、タンザニア西部、キゴマ州のトングウェの人々が住む村で私が受けた忠告でした。私がトングウェ語について調査していた時でした。トングウェ語を熱心に教えてくれる一人の親切な老婆に出会いました。「またいつでもおいで」との言葉に甘え、私は3度その老婆を訪ねました。その3度目の訪問のときでした。朝から昼過ぎまで、老婆の家の中でトングウェ語の単語の聞き取りをしていました。すると、私の目の前を一匹の黒猫が通り過ぎました。部屋の奥からやってきた黒猫は私の前を右から左に、また左から右に通過し、奥に戻っていきました。しばらくしてまた奥から黒猫が現われ、私の前で立ち止まりました。するとインフォーマント(フィールドワーク中に調査を手伝ってもらう現地の協力者)のトングウェの男性は部屋から飛び出して行きました。どうしたのかな、と思いつつ私は調査を続けていましたが、しばらくすると体の節々が痛くなり始めました。長時間木の椅子に座って調査してきたから疲れたんだなぁと思い、老婆に「長時間どうもありがとう。また来ますからよろしく。」と挨拶して帰りました。

滞在先に帰宅してしばらくすると、ものすごい悪寒に襲われ、長袖シャツ、フリース、雨合羽を着てもまだ体がガタガタ震えます。これはマラリアに間違いない!!と思い、急いで熱を測ると37.8度。すぐマラリア薬を飲みました。街の病院に行くには週に1回だけタンガニイカ湖を就航する定期船に乗る必要があり、街に着くのに2日ほどかかります。病院に行くより、街で買っておいたマラリア薬を飲むのが最善策です。夜半にはさらに熱が上がり、40度の高熱に苦しみました。また下痢や嘔吐にも苦しめられ、飲んだ水もすぐ吐いてしまう始末・・・。しかし、日頃から抗生物質を服用していたこともあり、4日間寝込んだだけで元気になりました。

病床で苦しむ私の元に、滞在先の家の14歳の少女が看病に来てくれた時に表題の忠告を口にしたのです。最初私は冗談だと思いました。私が笑っていると彼女の顔はどんどん真剣になっていきます。やがて、他の家族も同じ忠告をしに次々とやってきます。彼らによるとかの老婆は邪術師で、私の前に現われた黒猫は、ただの猫ではなく邪術師によって命を奪われた人の魂が乗り移ったものだとのこと。邪術師は猫以外にも、ライオン、ハイエナ、ヒョウなど様々な動物に姿を変えることができ、それらの動物は銃で撃っても退治することは出来ないのだとか。実際トングウェの人々の民話や口頭伝承にはこのような話が多数あります。また、邪術師によって病気にされた人は、自然の草木から作る薬を利用し、精霊からの助言を聞いて実行できる呪医のところに行かなければ、回復出来ないとのこと。しかし、現に私はマラリア薬で回復したわけですが、そのことに対する答えにもまた彼らの世界観が溢れていました。

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サトウキビを食べる14歳の少女(左)とその妹(右)

マラリアを発症してから3日目の夜のこと、私は病床で高熱と吐き気に苦しんでいました。すると、どこからともなく発電機やエンジンを稼動させたときの排気ガスのような、ガソリンのような臭いを感じた気がしました。看病のため同じ部屋で寝ていた少女に「なんかガソリン臭くない?」と尋ねてもそんな臭いはしないとのこと。気のせいか・・・と思った矢先、猛烈な吐き気に襲われて、夜に食べたものを全て吐き出してしまいました。少女は嫌な顔一つせず掃除し、私を介抱してくれました。

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年に1度だけ行なわれる儀礼の準備するトングウェの呪医2名

この体験を取り上げて、家族は次のように説明します。その家の主人である40代の男性は生まれつき体の中に精霊を持っているのだと。その男性はタンガニイカ湖での漁をするため、日頃からボートのエンジンを扱っています。そこで、彼の体の中の精霊が私だけにガソリンの臭いを嗅がせ、体の中に入った邪術を吐き出させたのだと。なんとうまく説明すること・・・と感心しましたが、彼らが本気でそう信じていることは感じられました。私は今でも自分はマラリアに罹ったのだと信じていますが、彼らの邪術や呪医、精霊の世界にも強く魅かれます。その後私は老婆の家に行くことは堅く禁じられ、インフォーマントも同行を拒否しました。さらに、私がその村を離れ、別の村に移動する日、「たとえ邪術師でも、せっかくトングウェ語を教えてもらったのだから、老婆にお別れの挨拶をしてくる」と話すと、猛反対されました。邪術師は人が旅に出ると聞きつけると旅路に災いが起こるよう呪いをかけると言うのです。こうして、老婆と別れを惜しむことも許されなかったのですが、彼らの邪術の世界は立派な文化であり、社会システムの一部でもあるので従うことにしました。トングウェの邪術や呪医の世界については、これまでに多数の研究がされています。しかし、文献からの情報だけでなく、この生の体験が私をトングウェの邪術の世界に強く惹き付けたことは言うまでもありません。

更新日: 2008-07-01, 作成者: AFRIC Africa