アフリカ便り—商売編

続かない商売(タンザニア)

黒崎 龍悟

「マテンゴの人は商売が続かない」
タンザニアの南部,ニヤサ湖に近い山岳地帯に住むマテンゴと呼ばれる民族は,他の民族からこのように言われている。

この地域は換金作物のコーヒーを栽培しているので,経済的にはタンザニアでも豊かな部類に入る。優秀な農耕民である彼らは,商売が嫌いというわけではない。むしろチャンスがあれば,商売で身を立てて,重労働の農業から離れたいと考えている人が多いようだ。しかし,コーヒーで大きな額の現金を得る機会はあっても,それをうまく活用して商売に成功したという人はほとんど聞いたことがない。そのことを裏付けるように,近くの県庁所在地の町には数多くの商店が軒を連ねているが,その経営主のほとんどがマテンゴではない。多くはアラブ系の人々,あるいは近隣の州からやってくるベナやキンガの人々である。

私がよく訪れるK村でもこれまでに商売に挑戦してきた人たちがいたが,皆続けていくことができなかった。人々はどのように商売に失敗するのか。村で有名な商売を試みた先駆者たちの顛末を簡単に紹介してみたい。

K村でまず有名なのは,現在80歳代と推定されるM氏である。彼はキリスト教関係の施設で大工仕事を習得し,製材業で一財産を築き上げた。それを元手に,製粉機械※と中古の車(ランドローバー)を購入した。当時,村内に製粉機械はこれだけだったので,商売はとても繁盛していた。ところがある日,M氏の息子が彼の車を運転して事故をおこしてしまった。村人は現金ではなくて作物で製粉の代金を払い,彼はその作物を運搬・販売して収入を得ていたのだが,その手段もカネもなくなってしまったため,車を修理することはできなかった。しばらくして,今度は製粉機械のエンジンが破裂した。修理代は莫大なものだったので,彼は修理をあきらめた。その後,彼は大工の技術を生かして小さな工房の経営を始めた。数人の村人がそこで賃労働をするようになった。工房は一時すごく栄えていた。しかし,そのうち賃労働代の支払いに苦慮するようになり,また,賃労働をしていた人たちが技術を習得して独立し始めたこともあって,最終的にはみんな工房を去っていった。M氏には何も残らなかった。あとになって,彼は牛を売って得たカネを元手に再び車を購入した。しかし,その車は盗品だったことが判明し,警察に拘束されるのを恐れてその車を返した。現在に至るまで彼には車はなく,普通の農民として暮らしている。

次に有名なのがK氏である。現在,彼は60歳である。町でアラブ人商人と知り合いになり,資金を借りて雑貨を購入し,それを村で売るようになった。そのうち自分で栽培したインゲンマメを近くの都市に売りに行って資金を拡大し,独立して自分で経営を続けていけるようになった。この村には雑貨店と呼べるものが長いことなかったため,石鹸や塩といった生活用品を買ったりソーダを飲んだりするのはすべて彼の店だった。5年か6年続き,彼はバイクも購入していた。しかし,ある日の夕方,少年が灯油を買いに来た時に事故が起こった。暗い店内を灯すためにマッチを擦って灯油ランプをつけたのだが,そのマッチを放り捨てたところ,店内で販売していたガソリンに引火してしまった。店は焼け落ち,彼自身も火傷を負った。その後,商売を盛り返す資本はなくなってしまっていた。

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バイクを修理するK氏。教会関係者から入手した年代物のバイク(BMW)はまだ手放していない。しかし,利用するのはごくまれである。(ヘルメットはなぜか「東北電工」)

その次にこうした話に出てくるのが,現在61歳のL氏である。彼は父親が飼っていた多くの牛を相続した後,それらを全部売り払って車を購入し,それで運搬業やコーヒーの買い付けなどをしばらくやっていた。しかし,酒と女におぼれてしまい,修理代がどうにも捻出できなくて,それで最終的に車を売ってしまった。それ以来,L氏が商売を再開したという話は聞いたことがない。

商売を続けていくことができない要因には,不慮の事故やその人の性格,資金管理がずさんであるとか,インフラが整っていないなどいろいろな要因があるようだ。「邪術のせいだ」という意見もよく聞く。いずれにせよ,常に店いっぱいに商品を並べている町の商店のように安定的に商売を営むことはできない。

とはいえ,マテンゴの人々はそれほど商売の成功に固執しているわけではない。かつて商売に短期間成功した人が他の人に商売の失敗を揶揄されても,笑って聞いている場面を見たことがある。それは,「失敗してまったものはしょうがない」という雰囲気なのだが,こうしたおおらかな考え方は,何かと近代的な価値観が村まで入り込んでくる時代のなかで貴重であると思う。あるいは,彼らには商売に失敗しても農業で何とかやっていける,という自信があるのかもしれない。

また,町のアラブ人みたいな金持ちになったら,「夜も寝られない」という考えを聞くこともある。泥棒の心配に加えて,妬みや呪いも怖い,という気持ちもあるようだ。

老人たちの見果てぬ夢を追いかけて今も商売に挑戦する若者たちもいるが,安定して成功している人はこれまでにひとりもいない。先日も5トントラックを新車で買ったほどの若者がいたが,すでに車を売り払い,その上,多くの借金を抱え込んでいるそうだ。商売に失敗した理由には,さまざまな憶測が飛び交っている。

いろいろと試行錯誤しているようだが,マテンゴの多くの人が未だに商売の世界にうまく踏み出せないでいる。まだしばらくは,ここに紹介した老人たちが「商売に挑戦した先駆者」として語り継がれていくように思える。

※タンザニアの製粉に関する事情についてはこちらのエッセイを参考にしてください。

更新日: 2013-10-04, 作成者: AFRIC Africa