『民族境界の歴史生態学: カメルーンに生きる農耕民と狩猟採集民』 大石高典=著

紹介:大石 高典

カメルーンには、250以上もの多様な言語を話す人々が住んでいる。本書はそのうち東南部の熱帯雨林地域に住むバカ・ピグミーと呼ばれる狩猟採集民と、隣人であるバクウェレという農耕民を中心に、近現代における民族間関係の時間的変遷を追ったものである。現在、農耕民と狩猟採集民の関係性は、熱帯雨林の保護と開発、先住民運動など現代的課題を語るうえで鍵となる論点となっている。

20世紀後半、特に独立以後のカメルーンにおいて狩猟採集民の農耕化が進んだ。2000年代になると、市場経済化にともなって生業変容が進み、生業実践とアイデンティティの間のねじれが大きくなった。そんななかで、農耕民と狩猟採集民がともに暮らす意味はどのように変化してきたのか。バカ・ピグミーとバクウェレは、対立し、反発しあいながらも親密な交流を続けている。しかし、混じりあうことはない。

本書は、このように互いを排除することも同化することもない共存のあり方を「分離的共存」と呼び、社会経済条件が大きく変化する中で境界が柔軟に維持される仕組みを人と人の関係性だけでなく人と自然の関係性の中に探った。タイトルに「歴史生態学」をもちいた所以である。民族集団の境界の問題は、ふつう人文社会現象として扱われることが多いが、そこに熱帯雨林という自然がどう関わってくるのか、その具体的な内容に興味をもたれたらばぜひ本書を手に取っていただきたい。

本書の手法としての特徴は、かつて学生運動の標語の一つに「一点突破全面展開」と言う戦略があったと言われたように、ドンゴ村という人口600人ほどの地域社会に焦点を当てながら、そこから見えてきた発見をもとに過去や周辺地域へと探究の網を広げていった点にある。古文書の読み解き、漁撈研究、民族動物学、換金作物のカカオ栽培、嗜好品文化、土地問題など、調査地で著者の関心を惹いた多様な切り口から境界の問題へとアプローチがなされ、論じられる。これは、生態人類学のフィールドワークのやり方としては「犬も歩けば棒にあたる」方式と言われるものの系譜に連なる。

ドンゴ村は、カメルーンとコンゴ共和国の国境沿いにあり、国家システムの周縁に位置する。私は当初、「より伝統的な」人と自然の関わりが見えると期待して、首都ヤウンデからもっとも離れたフィールド(乗り合いバスで出かけると、毎日10時間以上片道最低3日間かかる)を調査地に選んだ。しかし、いま振り返ると、現代アフリカでは、そういった国家権力の周縁においてこそ、新しい動きが起こっているのである。周縁の村に徹底的にこだわることによって、却って現代カメルーンの縮図ともいえる状況をつぶさに見ることができたと考えている。

なお、各章の間に盛り込んだ長短7編のエッセイは、アフリカでの俳句作りの実践報告や現地の恋愛結婚事情、マラリア罹患時に見た白昼夢の内容など、カメルーンの長期フィールドワークのなかで見たこと、聞いたこと、妄想したことがもとになっている。熱帯湿潤アフリカでの生活に関心がある方には本文と併せて楽しんでいただけたらと思う。

日本からずっと遠いと思われがちな中部アフリカの熱帯雨林。本書全体を通じて、同じ時代にカメルーンの森に生きる人々の息づかいやリアリティを少しでも感じ取ってもらえたら幸甚である。

出版社:京都大学学術出版会
発行:2016年3月
A5判 / 280頁
定価:3,996円(税込)
ISBN: 9784814000227


目次 (こちらの>>京都大学学術出版会のウェブサイトから、さらに詳細な目次をご覧になれます)

序章 揺れる境界——自然 /生業 /社会のねじれ—
I.分離的共存——かさなり合う境界を生きる
II.本書の方法
III.本書の構成

第1章 ドンゴ村へ
I.バカ・ピグミー /バクウェレ /「ハウサ」
II.カメルーン共和国東部州ムルンドゥ郡ドンゴ村

第2章 「原生林」のなかの近代—廃村の歴史生態学—
I.外部世界との関わりはバカ・ピグミーとバクウェレの関係にどう影響したか
II.森の歴史を読む二つのアプローチ
III.森に刻まれた近代史
IV.熱帯雨林景観のなかの世界システム—— 象牙,野生ゴム,そしてカカオ栽培成

第3章 森の「バカンス」—二つの社会的モード—
I.対照的な農耕民の姿
II.バクウェレによる漁撈実践
III.漁撈キャンプにおける社会関係の諸相——逸話からのアプローチ
IV.森住み感覚と「バカンス」

第4章 「ゴリラ人間」と「人間ゴリラ」—人間=動物関係と民族間関係の交錯と混淆—
I.熱帯雨林の住民とゴリラ
II.ゴリラの民族誌
III.「ゴリラ人間」と「人間ゴリラ」の民族誌
IV.人と動物の混淆

第5章 バカ・ピグミーによる換金作物栽培と民族間関係
I.市場経済のなかでの平等主義規範
II.カメルーン東南部におけるカカオ栽培
III.カカオ畑を測る
IV.カカオ畑のデモグラフィー
V.市場経済への適応

第6章 嗜好品が語る社会変化—精霊儀礼からディスコへ—
I.狩猟採集民と嗜好品
II.カメルーン東南部における嗜好品——たばこと酒を中心に
㈽.日常生活の一部としての喫煙と飲酒
IV.精霊の踊りからディスコへ——日常的な嗜好品利用の変化

第7章 周縁化されるバカ・ピグミー—森のなかのミクロな土地収奪—
I.アフリカにおける土地紛争——近年の質的変化
II.カカオ畑の貸借と売買
III.社会的な不平等と対立
IV.カカオ畑と土地の権利をめぐる論争
V.土地契約をめぐる地域住民間の駆け引き
VI.地方政府による土地問題への介入
VII.土地収奪によるバカ・ピグミーの周縁化

終章 開かれた境界—自然/生業/社会の広がり—
I.分離的共存の諸相
II.今後の展望—分離的共存のこれから
あとがき

更新日: 2016-05-09, 作成者: AFRIC Africa