『半分のぼった黄色い太陽』 著:チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ

紹介:服部志帆

「半分のぼった黄色い太陽」は、1960年代後半ナイジェリア東部でイボ族が新しく建国を目指したビアフラの国旗の模様である。この国旗のもと、150万人以上のイボ族が、独立を夢見ながら死んだといわれている。この本の舞台であるナイジェリアには、北部にイスラム教徒のハウサ族、西部にイスラム・キリスト教混合のヨルバ族、東部にキリスト教のイボ族の三大部族が、ほかの少数民族ともに暮らしていた。イギリス植民地時代、イボ族はキリスト教と西欧の教育を熱心に取り込み、下級の官吏や軍人を多く輩出するようになった。また、ビジネスで成功するものも多く、黒いユダヤ人とたとえられた。1960年の独立後は、原油が発見されたことによって工業化が進み、東部と他地域との経済格差はますます広がっていた。そのため、イボ族は北部のハウサ族や西部のヨルバ族との間に民族的な確執をふくらませることになった。

そのようななか、人口の多くをしめるハウサ族はヨルバ族の一部と連携し、これまで議会で対抗勢力として幅をきかせてきたイボ族を追放し、ナイジェリアを支配しようとした。これに対し、1966年イボ族の将校がクーデターを起こし、北部系の政治家や軍人を殺害、同じくイボ族出身の軍司令官が臨時政府を作った。これにより北部ではイボ族に対する反発が強まり、数千人のイボ族が殺害された。今度は、北部出身の中佐がイボ族出身の軍人を殺害、追放し、軍事政権を握ったのである。北部におけるイボ族への迫害は一層強くなり、1万を越えるイボ族が殺害され、100万人近い難民が東部州に逃れてきた。そこで東部州の軍政知事は1967年「ビアフラ共和国」として東部州の独立を宣言した。

ただちにハウサ族が指揮をとるナイジェリア軍は、ビアフラに攻撃を開始した。ビアフラはフランスと南アフリカなどが支援したが、大部分の国はビアフラに同情しつつも正規政府であるナイジェリア軍を支持した。特に旧植民地の分割化を望まないイギリスとアフリカへの影響力強化を狙うソ連は積極的にナイジェリアを支援し、戦局はナイジェリア軍に有利なものなった。1968年に入ると、ナイジェリア軍はビアフラを包囲し、食料、物資の供給を遮断した。ビアフラは飢餓に苦しみ、1970年降伏することになった。

このような政治的背景をもとにこの本は描かれた。物語には3人の語り手がいて、ビアフラ戦争の勃発前から終焉にいたるまで、それぞれの身の回りに起こったことを代わる代わる聞かせてくれる。1人目の語り手は、田舎町から大学のあるスッカという町へやってきたお手伝いの少年ウグウ(イボ族)である。ウグウの主人オデニボ(イボ族)は日中に大学で数学を教えている。夜は仲間を家に招き、ナイジェリアの政治状況やこの国の希望ある未来を語る新進気鋭のインテリであった。ときにみなで音楽に耳を傾け、詩の朗読を楽しむこともあった。ウグウは目にするもの耳にするものすべてが新鮮で、自分の前に新しく広がった世界にうっとりするのだった。

二人目の語り手は、オデニボの恋人のオランナ(イボ族)である。ロンドンの大学院を卒業した聡明で美しいこの女性は、革命家のオデニボと一目で恋に落ち、スッカで暮らし始めた。ウグウはすぐにこの女主人のことを好きになり、主人とオランナ、そして仲間たちの愉快な日々が続くことを祈っていた。しかしオランナの留守の間に、オランナをよく思わない主人の母親がお手伝いの少女とやってきたことから、事態は思わぬ方向へ進む。主人の母親は呪術と媚薬を使い、主人にお手伝いの少女と関係を持たせてしまう。そして少女は女の子を産む。このことを知ったオランナは、オデニボとの別れを決心するが、気持ちはなかなか離れてくれない。そんななか、自分の双子の姉カイネネの恋人とあやまちの関係を結ぶことによって、オデニボの自分に対する裏切りを清算し、生まれた女の子を自分の子どもとして育てることにする。そして東部に砲火が飛び始める。

三人目の語り手は、オランナの姉の恋人リチャードである。イギリス出身のハンサムな白人で、イボ美術に憧れてナイジェリアにやってきた。作家を目指している。オランナとは関係を持ってしまったが、恋人であるカイネネを心から愛していた。カイネネはクールな皮肉屋で誰からも好かれるオランナとは、見た目も中身も似ても似つかない。カイネネはもともとオランナに打ち解けないところがあったが、リチャードがオランナと関係を持ってしまったことを知ってから、ますます二人の距離は遠く離れてしまった。この冷え切った関係を変えるのが、ビアフラ戦争でもあった。そしてまた二人を引き離してしまうのが、この戦争であった。

私がこの本をとったきっかけは、アフリカで紛争問題を追いかけているジャーナリストの白戸圭一が彼の著作のなかでこの本について触れていたためである。本の好みは個人差がある。そのため、私は自分がこの本をこれほどおもしろいと思うと、想像だにしなかった。読み始めてすぐ、今までアフリカ関係の本を読んだときは違う感覚が私を襲った。寝る間も惜しんでページをめくったのは久しぶりである。この本は、これまでメディアや多くの作家が取り上げてきた貧困、飢餓、戦争、病気、腐敗という主題を正面から取り上げておらず、貧しいアフリカとかわいそうな人々というイメージを持ち出しているわけでもない。描かれているのは、男と女、田舎と都会、近代と呪術、富裕層と貧困層、植民地と宗主国。とらえ方は人それぞれだろうが、私には戦争を背景に描かれた魅力的な主人公によるラブストーリーのように思える。読後、私のなかに圧倒的な存在感で残ったのは、オランナである。物語の終盤、なにもかもを失い生きる気力さえ持てないオデニボはオランナにつぶやいた。「君は強いんだ」。物語のなかで、オランナはしなやかで強かった。どんなときも自分で決心し、それを全うしようと最大限の努力を払っていた。「風とともに去りぬ」のスカーレット・オハラのように。考えてみれば、この物語は「風とともに去りぬ」に似ている。現在、映画化が進められているが、成功すれば、映画史に残るすばらしいものになるだろう。チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ、注目の作家である。

更新日: 2010-03-10, 作成者: AFRIC Africa