『黒壇』 リシャルト・カプシチンスキ=著 / 工藤幸雄・阿部優子・武井摩利=訳

紹介:目黒紀夫

 

著者カプシチンスキ(1932−2007)は20世紀のポーランドを代表する作家であり、「ルポルタージュの皇帝」とも呼ばれてきた。『黒壇』(原著は1998年刊行)には、カプシチンスキが1958年からの40年間にアフリカの16の国と地域で体験した内容にもとづく29編のルポルタージュが収められている。「解説」(阿部優子)によれば、本書は「イタリアでは、大学のアフリカ学科で学生必読の教科書となっている」というし、「真偽のほどは不明だが、ノーベル文学賞に六たびノミネートされたとの情報もある。とりわけ二〇〇五年には、ノーベル文学賞に最も近い人物と噂されたが、選考委員の間でノンフィクションに対する意見が割れ、受賞には至らなかったという。」

しかし、本屋で『黒壇』を見かけたときの私の正直な気持ちをいえば、「アフリカの本質をえぐる傑作ルポルタージュを初邦訳!」という帯の文句に対して、「『アフリカの本質』ってなに?」という気持ちが消えなかった。

それでも、結局は本書を買って読んでみたわけだが、著者のアフリカに対する態度が帯の文句とはまったく違うだけでなく、その好奇心の旺盛さと行動力・発想力の豊かさが生半可ではないということを思い知らされ、本書を池澤夏樹が「ルポルタージュ文学」と呼ぶ理由にも納得がいった。

著者はアフリカについて、「アフリカの津々浦々、多少とも大きめの社会ともなると、それぞれに独特の文化があり、独自の心情や習慣を持ち、おのおの言語とタブーが異なる。しかも、そのすべてが、測りがたく複雑多岐に亘り、神秘性を保つ。……しかしながら、一般的なヨーロッパ的思考は、理性主義的な帰結やら、辻褄合わせ、単純化やらに走りがちで、あらゆるアフリカ的なものを、ひとつの袋に詰め込みたがり、安易なステレオタイプで満足している」(p.41)と述べているが、本書の最後では歴史学者ローランド・オリヴァーを参照して以下のように書いている箇所を読んだときは、私もハッとさせられた。

「ヨーロッパの植民地主義者はアフリカを分割した、と一般に言われている。「分割?」オリヴァーは驚いてみせる。「あれは兵火と殺戮によって行われた野蛮な統合だ!数万あったものがたったの五十に減らされたのだから」」(p.378)

とはいえ、あくまで『黒壇』を「ルポルタージュ文学」の傑作ならしめているのは、著者カプシチンスキが「何人かのあちらの人々、そこで出遇い、共に時間を過ごした人たち」に向ける温かいまなざしと、「多種多様で、かつ優れて豊かな調和世界(コスモス)」からなる「あの大陸」を理解したいという真摯さだろう(p.7)。本書に収録されたエピソードを説明しだすときりがないのだが、たとえば、夕闇がせまるなかホテルに帰り、「亀さながらに巨大で肥え太り、鞘羽は黒光りして甲羅のごとき硬さ、おまけに髭面」のゴキブリが部屋の壁もベッドもテーブルも埋めつくしている場面に遭遇したときに、「ゴキブリだって話ができてしかるべきなんじゃないか? 普通のゴキブリならちいさくて聞き取れないだろうが、いま目の前にいるでかぶつならどうだろう?」ということで「そっと彼らの上に屈み込んで、耳をそばだてた。もしかしたら、なにか喋ってるんじゃないか、と思ったのだ」という著者が「アフリカ」をどう描いたか、読んでみたいと思いませんか?(私はこのエピソードを読んで、「この人には敵わん!」と心底脱帽しました。)

出版社:河出書房新社

発行:2010年

更新日: 20011-09-04, 作成者: AFRIC Africa